美しきトスカーナから!イタリア語も!美味しさも!楽しさも!

イタリア・トスカーナから美しきトスカーナ情報やイタリア語会話レッスン、イタリア料理レシピ等、イタリアに関する様々な報情をお届けします。

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ロッカルベーニャのペコリーノチーズ_その3 

人生、ゼロからの再出発が今回で何回目になるのか? 今まで何回、引っ越したのか、数えるのが大変になるくらい引っ越しを経験しました。

私はより良い人生を目指してきたことで、自分の心に聞いて満足しなければ、より上を目指して自由な選択肢を求めてきました。つまり、仕事が気に入らなければ転職を、家や環境が好きになれなければ引っ越しをすると言う考えなのです。

しかし、子供がいる人生での引っ越しや転職は、言うほど簡単ではありません。子育てや教育費などの負担が大きいので、経済的な観点からは、定着して安定な生活を目指したほうが良いことも分かっています。

なので、今回、家を買うと言うことは、定着すると言うことでもあるので、今までのようにゼロからの再出発を繰り返すのではなく、人生の歩み方を大きく変えると言っても過言ではありません。

一つ大人になると言うか、自分のしたいことをある程度我慢する人生を受け入れる必要があるのです。

さて、ジェノバでは、夫の会社勤めの手取りが毎月2,000ユーロで、年に2回のボーナスの安定したお給料を頂いていましたが、毎月、家計簿をつけていた私は、いつも支出がオーバーしてしまっていることに気づきました。

毎月2,000ユーロのお給料では足りないと言うことですが、今度の収入は、今までの収入よりもずっと少ない不安定な毎月1,200ユーロで、ボーナスも無く、4人で生活しなければならないのです。

不安定な収入の内訳は、いつまで続くか分からない執筆のお仕事の500ユーロと父から譲り受けた借家の家賃の700ユーロだけの収入と言うことです。この家賃収入も執筆のお仕事と同じようにいつまで続くか分からないのです。イタリアでは、日本と違い、家を借りる人が法律上で大きく守られており、家を借りている人が、病気で長期的に仕事ができず減収となったり、又は、職を失ったりした場合など、家賃を払えなくなったとしてもそのまま住み続けることが出来るのです。

逆に、家賃を払わない人を家から追い出すには、唯一、スフラットと言う裁判訴訟を申し出る方法がありますが、弁護士代に最低で3,000ユーロもかかる上に、判決が下されるまでに長い期間がかかることになります。

そして、特に、子供を持つ家族が家を借りていれば、家賃が未払いとなっても家を借りている側が法律上で大きく保護されるので、よほど正当な理由が無い限り、敗訴となるケースが多いのです。

ですから、イタリアでは、家を貸していても家賃が払われないと言う問題は日常茶飯事のことのように多くあるのです。

更に、持ち家と言うものは、維持費が結構大きな負担になります。持ち家にかかる税金や修復費用も年々上がり、イタリアでは、家を持っていても貧乏暮らしを余儀なくされる人は沢山いるのです。

このような問題は、個人的に対策を考えてもどうしようもないことなので、経済的なことを考えるよりも先に、まずは、新天地での生活に慣れることからスタートしなければなりません。

ペコリーノチーズその3_1

新しい家に入ると直ぐに木の匂いが漂っているのに気づき、私たちがずーっと探し求めていた香りと言うか、味のある家の感じがしました。それは、各部屋の天井にある栗の木で格子状に造られた梁の香りだったのです。

ペコリーノチーズその3_3

この木製の梁の栗色と真っ白な壁のコントラストが見事に調和されており、しかも、各部屋の床は、コットと呼ばれる床材が貼られていました。

ペコリーノチーズその3_2

コット・トスカーノは窯に入れて高温で焼かれているので、色は赤みを帯びたレンガのように綺麗で、衝撃強度が強く、且つ、湿気にも強く、水で濡らしても直ぐに乾くのが特徴です。

私たちはイタリアでも常に内履きスタイルを保っており、日本式に玄関で靴を脱いで家に入ることにしています。なので、床はいつも清潔で、赤ちゃんが這い這いしても、小さな子供が裸足で遊んでも、お菓子を床に落として口に入れても安心です。

最初の夜、リビングルームの暖炉ストーブの薪に火をつけて、その前に椅子を置いて座ってみました。

ペコリーノチーズその3_4

薪がゴォーゴォーと燃え始まり、薪の焼ける香りや薪ストーブの火力の強さを体で思う存分感じながら、のんびりとくつろぎました。

ペコリーノチーズその3_5

そして、寒い季節は、暖炉ストーブのこの薪に火をつけるだけで、各部屋にある暖房器具に熱が伝わり、部屋を暖めてくれるし、水道の全ての蛇口からは暑いお湯が出る仕組みになっているので、機能的にも良く考えられたシステムなのです。
特に、私たちの家の敷地のように、森や林を持っていれば、自分で樹を切り倒して薪を作ることも出来るので、田舎生活のスタイルとして、暖炉ストーブは無くてはならない設備と言えます。

私たちが引っ越した時、ダウンシフティング Downshifting(= 伊語はDecrescita)と言う言葉は、まだ流行語にはなっておらず、私たちは、この言葉を知らずとも、自然にダウンシフティングを実行したのでした。
ロッカルベーニャに引っ越してから分かったことですが、この辺りには、北イタリアやスイス、ドイツなどのヨーロッパ各地から移り住んでいる人々が沢山いました。

それで、私が不思議に思ったことですが、ロッカルベーニャと言う村は、村の中心部を一通り見ても何も無い質素なイメージの村です。もちろん、村の周りは手つかずの大自然の丘があるのでとっても美しい場所ですが、企業や大きなお店など働く場所がほとんど無い地域です。
ペコリーノチーズその3_6

反対に、隣の村のスカンサーノなどは、ブドウを栽培し、モレッリーノ・ディ・スカンサーノのワインを世界中に販売し、知名度も高く、村の中心部にはいつも人混みがあり活気があふれているのでした。
ペコリーノチーズその3_7

また、ロッカルベーニャのすぐ近くにあるサトゥルニア温泉大露天風呂へは世界各国から春夏秋冬と一年中大勢の観光客がやって来ます。


さらに、近くにのモンテ・アミアータで採れた栗も日本も含め世界へ輸出されています。

他には、モンタルチーノのブルネッロワインは最高級クラスのワインとして世界に知られているのです。
ペコリーノチーズその3_8

このように、この辺りの地域には沢山の観光スポットや人気の地元産業が沢山あるのです。

ロッカルベーニャにあるのは、1900年台に創立されたチーズ工場とその老舗があるだけです。
トスカーナの中で、ピエンツァと並んで有名なペコリーノチーズの生産者です。

(続く)

*****

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ロッカルベーニャのペコリーノチーズ_その2 

3枚の写真は、ジェノバの家で子供と過ごしていた当時の写真です!
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2005年、2006年の冬は雪が多く、寒い冬でした。
ジェノバの内陸の標高600mの村の一番高いところに家を借りていた私たちは、家に行くため、100mの曲がりくねった坂道を登らなければならなかった。
リグーリアの気候は、海岸沿いは冬でもオレンジやレモンが育つほど温暖で、誰もが住みたい理想の気候なのです。実際に定年後に移り住むイタリア人が沢山います。
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しかし、ジェノバの後ろ側にある山脈を一歩超えると、天候は急激に変わるのです。冬は、気温が低い上、雪も多くなります。ジェノバとミラノを結ぶ高速道路を走ると分かるのですが、このジェノバの山脈を走る高速道路はトンネルも多く、そのトンネルを超えると全く別世界になります。そして、いつもこのトンネルを走る度に「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」と、川端康成の雪国の書き出しの言葉が思い浮かぶのです。
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トンネルを抜けるとそこは・・・
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さて、私たちの借りていた家の前の坂道は私道であるため、市は除雪してくれません。なので、雪が降る度に私たちはスコップを持って、この坂道の雪かきをしなければなりませんでした。まず、雪を取り除き、雪の下に貼り付いた分厚い氷もスコップで叩き割りながらの雪かきなので、時間も体力も大変なものでした。
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2005年のクリスマス前にジェノバの会社に退職願いを出しました。これからお給料の無い生活が始まるので、家賃の支払いを少なくしようと、少しでも早い翌月の1月に引っ越すことにしたのです。

1月の引っ越しと言うことは、家財道具一式を運ぶ大きなトラックも家の前の坂道を登れるように雪や氷を除去しておかなければなりません。
除雪作業と荷作りの毎日が続き、退社して本当に良かったか等、後悔するかどうか考える余裕もなかったのです。

そして、雪の降る合間を縫うように、1月16日の早朝にトラックに家財道具を詰め込み、トラックを後ろに私たち4人家族の車は新天地のトスカーナに向かったのでした。
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でも、一つの大きな悲しみがありました。それは、隣に住む一人の女性とのお別れです。
アダは、一人の未亡人で、彼女の子供と孫たちは同じ村に住んでいましたが、彼女は、私たち家族を自分の子供以上に心から愛してくれていました。
昔のイタリア人は、信仰も強く、愛も深く、仕事や地位も関係なく、一度愛した人には、いつも大きな愛情を注ぎこむのです。

私は、彼女に最後の挨拶をしたとき、母に日本に旅立つ際にした悲しい挨拶と同じ挨拶をしました。
2度と会えないことが分かっていたので、私たち家族は車の中で沈黙した雰囲気で、高速道路を走り、ジェノバ、ラ・スペツィア、リボルノを後にしました。

リボルノの高速を出て、トスカーナに続くアウレリア通りに入ると、周りの景色は一変し、トスカーナならではの風景が見えてきました。
1月とは言え、暖かい太陽の日差しが車内に差し込み、少しづつ、家族みんなの気持ちも癒され、和やかな気持ちに戻りました。

後、3時間くらいで新しい生活が始まるっ!

(続く)

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ロッカルベーニャのペコリーノチーズ 

ロッカルベーニャに引っ越ししてから、2018年1月で12年が経ちます。
引っ越し前は、リグーリア州のジェノバの内陸に6年ほど住み、ジェノバで2番目の子供が生まれ、主人はジェノバの企業でデザイナーとして正規採用され、安定した生活を送っていました。
私たちは貸家に住んでいましたので、いつか定着したいと思い、マイホームを探し始めたのです。
でも、リグーリア州の地形は細長く、内陸は山も多いためか、一軒家の敷地面積は狭いところが多く、且つ、密集しているところばかりでした。それなのに、家の価格は驚くほど高く、喜んで買いたいと言う家が見つかりませんでした。

ある日、偶然に、トスカーナのロッカルベーニャで家を売っている広告を目にし、旅行気分で見に行くことにしました。
ロッカルベーニャと言う名前の響きにも惹かれたのか、初めて聞く村がどのような場所なのかも気になって、まずは行ってみたくなったのです。
トスカーナは、リグーリアと違って、どこを見ても広々とした風景が多く、丘陵地帯のなだらかな丘やフィエノ(円柱状に固めた家畜用の干し草)が置いてあるパノラマを見ていると心も和み、気持ちも自然とおおらかになってくるのです。
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目的の家に到着して丘の頂上に建っている新築の家を見ました。
家の周りにはドングリや栗の巨木があり、敷地面積が7ヘクタールもあるせいか、隣の家が見えないほど遠くにありました。
7ヘクタールと言うと、なんと東京ドームが2つも入る広さです。

家を見るために宿泊したロッカルベーニャのアグリツーリズモのオーナーはとても親切な方で、ロッカルベーニャのいろいろな話をしてくれました。ロッカルベーニャについて何も知らない私たちにとって、全てが参考になりました。
そしてロッカルベーニャの村の見学もしましたが、中世時代の雰囲気を残す家並やシンボルのロッカ(岩山)が聳え立つ風景にはかなり強烈な印象を受けたのです。
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それに、あちこちに沢山の牧場があり、数えきれないほど沢山のヒツジが草を食べているのを見て、私たちも子供たちも、時間を忘れて眺めていたのです。
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ヒツジの親子も沢山いました。
子羊がいつもお母さんヒツジのそばから離れません。なんて、美しい風景でしょうか。
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あまりにも気に入って、リグーリアに戻りたくない気分でした。
とっても楽しかった旅ですが、もしかしたら人生を変えるきっかけになるかもしれない旅でもありました。

リグーリアでは毎月お給料も頂けて安定した生活でしたが、リグーリアで家を購入しても満足できるかどうかが疑問になり、子育てにしても、やはり、大自然に恵まれた広大な地域の方が魅力的なことは言うまでもありません。

ただ、イタリアの雇用実態としては、正社員での新規採用は難しく、ほとんどが期間採用なので、正社員であれば、退社して新たに正社員になりたいと思っても無理に近いので、決断するにしても勇気が必要です。

妥協してこのままお給料をもらえる生活を続けるか、お給料を捨てて自然環境に恵まれた家での幸せをとるか、悩むところでした。
昼夜、どのように選択したらよいか頭から離れません。
極端に考えると、退社を選択した場合、もし、経済的に困ってしまったらどうしようか、家族が食べれなくなったらどうしようか等と考えると暗くなってしまいます。
そして、いろいろ考えた結果、結局、・・・・・
(続く)

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ピエンツァ 

ピエンツァは人口2091人の小さな街で、1996年にオルチャ渓谷が世界遺産に登録された際、ピエンツァの街並みも美しい中世時代の雰囲気を持つボルゴとして同時に登録された。

以前は、イタリアのどこにでもあるような普通の小さな村落だったが、1405年にピエンツァで生まれた貴族の息子エネア・シルビオ・ピッコロミニが、後に210代目のローマ法王ピオ2世(ラテン語名はピウス2世)となり、ピオ2世は自分の生まれた街をルネッサンスの理想郷にしたいとの願望からフィレンツェの有名な建築家ベルナルド・ロッセリーノに依頼して、丸4年かけて1462年にピエンツァが完全に建て直され、現在の美しいピエンツァが誕生した。

メイン広場のピアッツァ・ミニの直ぐそばに、コムナーレ宮殿、ボルジャ宮殿、ピッコロミニ宮殿、アッマッナティ宮殿、トッマーゾ・ピッコロミニ宮殿、そして大聖堂が建てられるとこれら全てがローマ法王ピオ2世に贈呈された。

1460年代に再建されたピエンツァは、その当時の形のまま保存されており、中世時代の雰囲気を今に残している。

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ピエンツァの駐車場から撮った街の様子

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ピエンツァの歴史区域に入ると、シンボルでもある時計台が見えてきます。

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手工芸品のお店

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歴史区域内にある街並み

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大聖堂

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上の上空から撮った写真の左上の大聖堂宮殿は、位置関係を図解した下の写真の「1」の場所です!
全ての宮殿の場所は、位置関係を図解した下の写真をご覧ください。
「2」が ピッコロミニ宮殿
「3」が ボルジャ宮殿
「4」が コムナーレ宮殿
「5」が アッマッナティ宮殿
「6」が カフェ“La Posta”
「7」が トッマーゾ・ピッコロミニ宮殿
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奥の門から どんな風景が眺められるのかがとても気になり・・・

その門からはとってもきれいな丘陵地帯の風景が見えましたよ!
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その風景の北側の遠くに聳え立つアミアータ山。

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糸杉の並木道を持つヴィッラの家は、トスカーナならではの自慢の風景!

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トスカーナのカレンダーの写真にあるような風景が目の前に!

市内には有名なエノテカ、美味しいレスランが立ち並び、同時に、郊外の丘陵地帯に羊を飼い、ペコリーノチーズ作りにも力を入れたことで、美味しい料理と美しいボルゴに惹かれる観光客が世界中から年中訪れるようになったそうです。
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世界遺産にも指定されている美しきピエンツァ! いかがでしたか?
トスカーナ・マレンマ ホームステイでは、貴方をピエンツァにお連れします!

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チェッレ修道院とコルトーナ 

トラジメーノ湖のそばの宿のオーナーが、「ちょっと、遠回りになるかもしれませんが、是非、是非、是非、チェッレ修道院とコルトーナに足を延ばして訪れて下さい!」と強く勧められたので、急きょ、行くことにしました。

さて、コルトーナは世界中の人々に知られている村で、イタリアのトスカーナの中で一番きれいなボルゴ、いわゆる、中世時代の村なのです。
トスカーナとウンブリアの境界沿いにある、標高600mのコルトーナは、紀元前の8世紀から7世紀までの間に、イタリア先住民のエトルスキーによて設立され、中世時代にかけて栄えていたそうです。
現在は、特に、大勢の外国人に愛されており、文化や観光で賑わっている村でもあります。

さて、コルトーナの近くに着くと、急に、目の前の山の上の方に、城壁に囲まれた村が見えることに驚かされました。
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城壁沿いの道を車で登っていくと、城壁の幾つかの門の近くに駐車場があります。なので、車は城壁の外の駐車場に置いて、歩いて、コルトーナの城壁の中に歩いて行けるのです。
でも、私達は、まず、コルトーナの上にあるチェッレ修道院を見学してから、戻ってくるようにして、コルトーナを見学することにしました。
チェッレ修道院は、車で山道を登ればすぐ行けると言う場所ではなく、狭い道を山奥まで入るような感じでようやく辿り着いたかという感じでした。この山道は、車がすれ違えないくらいに狭くなっているので、チェッレ修道院の手前に車を止めることにしました。

車から降りて歩き始めましたが、辺りは、手つかずの山奥の中にある、神秘的で野性的な何とも言えない美しい大自然の環境なのです。そして、ところどころに、きれいな別荘もあり、チェッレ修道院に辿り着くまでもワクワク気分で歩くことが出来ました。

この場所を最初に気に入った人が、サン・フランチェスコなのです。
彼は、初めに、ここに辿り着いたとき、この神秘的な場所は、この世で最も天国に近づける場所であると思い、この上ない、最適な祈りの場と考えたそうです。
当時は、修道院がまだ建てられてなく、ただ、岩山の絶壁にあるCelle(幾つかの洞穴の部屋)を農民たちが農機具を保管したり、家畜の餌置き場にしたりと利用していたそうです。
これを見たサン・フランチェスコは、これらのCelleをヒントに、1211年に「よし、ここに修道院を作ろう!」と考えたのです。これが、サン・フランチェスコが最初に造った修道院であり、長い期間、何度も何度も訪れていた大好きな祈りの場所だったのです。

さて、私たちは、修道院に着くと、上から見下ろすように修道院の全てが見えてきました。
中世時代に建てられた修道院を見事に再現しており、外壁だけではなく、中に入っても、4畳半の部屋よりもずっと狭いサン・フランチェスコの祈りの部屋も忠実に再現されているので大変興味を持って見学することが出来ました。
その窓の無い小さい暗い部屋には、縦横20センチくらいの壁穴があって、そこから食べ物を受け取っていたのだと思います。
サン・フランチェスコの祈りに対する熱い思いを感じることができ、再び、サン・フランチェスコの凄さを見せつけられた感じで心から感動することが出来ました。

チェッレ修道院で撮った写真です。
フラーテの祈りの時間などが書いてありました。
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チェッレ修道院の入り口です
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これがチェッレ修道院!
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学生たちがチェッレ修道院を見学した後、感想などを出し合って話し合いをしているところ!
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この部屋の奥が、サン・フランチェスコの祈りの部屋!
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サン・フランチェスコの祈りの部屋の入口!そして左上の壁穴から食事をもらっていたそうです。
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フランチェスコの祈りの部屋です!
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ここでは大きな声を立ててはいけません。と言うのは、現在もフラーテが1日の中で多くの時間、祈り続ける場所として住んでいるため、静けさを保つことが要求されるのです。

例えば、お土産品を売っている売店に入っても、お店の人(フラーテ)は誰もいないのです。「用事がある人は、この鐘を鳴らして! 」と書いてあったので、お土産品を選んでお金を払うために鐘を鳴らしました。
そしたら、お店から離れた場所の建物の窓が開く音が聞こえ、祈っていたフラーテが窓を開けて、「お金はお店の中の箱の中に入れていただけますか。」と親切に教えてくれて、静かに窓を閉めたのでした。
店の中をよく見てみたら、小さな段ボール箱が置いてあり、その横に、「お金はここに入れて下さい!」と小さな文字で書いてあったのでした。私たちは、お土産品に貼ってある価格のお金を箱に入れてお店を出ましたが、売り手と買い手が昔ながらの信頼関係で結ばれた支払い方法が特に印象に残りました。

もう少しここに滞在していたい気分でしたが、次のコルトーナの村を見る時間も考えると、急いでここを去らなければならず、こんなにも素晴らしい場所は、また、次回、再び訪れるぞと心に近い、コルトーナに向かうことにしました。

*******

コルトーナは沢山の人々で華やかに賑わっており、外国人観光客が大勢いて、その中でも、イギリス人の多いことに驚きました。
イギリス人の大好きな雰囲気を持つコルトーナには、きっと、沢山のイギリス人が別荘を持っているのだろうと想像したくらいです。
コルトーナの特徴は、コルトーナが栄えていた時代に建てられた立派な宮殿が印象的です。
コルトーナで撮った写真をご覧ください。

コルトーナのシンボルである宮殿
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山の上から見下ろすように撮ったコルトーナ
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コルトーナの美しい街並み
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コルトーナは、どこを見ても美しかった!
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建物の外壁にモザイクが・・・
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村全体が、石畳で作られており、村の中には、昔ながらの小さなお店が並んでいます。それは、トラットリア、エノテカ、オステリア、手作り品の民芸品店などが沢山並んでいて、物の豊富さや賑わっている様子が、村を歩く観光客を楽しませてくれるのでした。
ここでも、私たちは急ぎ足で回ったので、やはり、次回、コルトーナを訪れてゆっくり見学したいと思ったのでした。

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アッシジ!気分は中世時代の真っただ中 

20年ぶりのアッシジです。前から子供たちにアッシジを見せたかった。
今、子供たちは、ちょっと大きくなったので、アッシジを見せるには良いチャンスと思い、出かけることにしたのです。それは、サン・フランチェスコの生き方を特に知って欲しかったからで、今の時代の若者は何でも手に入れたいし、メディアで紹介されるたびに欲しがる傾向にあるからです。
だから、少しだけでも、サン・フランチェスコの質素な生き方を知って深く考えて欲しいと願いアッシジを見せることにしたのです。
まず、20年前と比べて、アッシジは凄くモダンになったと感じました。
車でのアクセスが便利になって、アッシジの周りに広い駐車場が沢山あり、駐車場からはエスカレーターとエレベーターで上にある街まで行けるようになりました。
そのエスカレーターとエレベーターも街の中に溶け込むような調和のとれた美しい構造で工夫されているのです。
また、街に入ると、家並の美しさが目に留まり、一軒一軒の家の壁が石造りでパーフェクトに仕上げられており、魅力溢れる街造りに力を入れて取り組んだことが伺えます。
20年ほど前の大地震の後に、アッシジが見事に復旧されたと言う結果なのでしょう。

アッシジと言われて思いつくのは、イタリアの守護聖者とも言われているサン・フランチェスコです。
サン・フランチェスコを知れば知るほど誰もが彼の魅力に惹きつけられてしまうほどで、イタリアで最も愛されている聖者と言っても良いでしょう。
その証拠に、フランチェスコとフランチェスカの名前は、イタリアで最も多い名前となっています。
これらの名前は、一時的なブームではなく、昔も現在も変わらぬ人気となっていて、息子の同級生を例にとっても、幼稚園から高校までの各クラスには、一昔前の私のクラスと同様に、必ず、2、3人のフランチェスコとフランチェスカの名前を持つ生徒さんがいるほどです。

なぜ、イタリアの国民が、サン・フランチェスコをこんなに愛するのか?
サン・フランチェスコは年輩の人たちだけではなく若者たちにも大変好かれているのです。
サン・フランチェスコが自分の手で建てた小さな教会の中では、耳にピアスをした、iPhoneを胸ポケットに入れた若い男性が床に膝まづき、両手を真横に広げて、教会の真ん中で一生懸命祈っているのを見ました。
人々で溢れている教会の中では、とても私には出来ない行動です。

サン・フランチェスコに祈ることで、若者も含め、誰もが、「目覚めること」を願っているのです。
なぜ、「目覚めさせてもらうこと」をサン・フランチェスコに求めるのか?
それは、サン・フランチェスコ自身が「目覚めた」者の一人であるからです。

商人の父を持つ、金持ちの家に生まれたフランチェスコは、普通の裕福な若者でした。
フランチェスコが若かった頃は、今の暴走族のような者で、アッシジの村の中で、金持ちの友人たちと共に、馬に乗って騒音を立てながら駆け巡り、静かに寝ていた人々を起こしたりと、住民達を驚かせることが一つのフランチェスコの楽しみ方でした。

当時のイタリアは、ローマの教会の指示で、ローマ軍がエルサレムを征服するために1099年から1270年までの間、ローマ軍の支援を得ていた十字軍がイスラム教徒相手に戦っていた時代で、戦いに出発する際は、鎧をまとったイタリア人の男たちを国民がお祭り騒ぎをして大喜びをしながら見送るのが慣例行事となっていたのです。

その十字軍による戦いの真っただ中の1181年に生まれたフランチェスコも十字軍の兵士として戦うことを志願し、戦うことが名誉なことであり、プライドでもあり、活躍すれば英雄的な存在になれるとあって、大衆の人々から盛大な祝福を受けて十字軍の兵士として戦場に向かったのでした。

ところが、この頃からフランチェスコは人に対する哀れみを抱くようになり、人を殺す戦争は私には出来ないと感じるようになりました。戦場である中東のエルサレムに着くと直ぐに(恐らくマラリアの)高熱を発し、一人で家に戻って来たのでした。熱が下がったフランチェスコは、福音聖書に書いてあるようなキリストが辿ったような何も持たない質素な生き方をしたいと強く思うようになったのです。
そして、父の家から出ていく考えを示し実行したのです。教会の前の広場で、大司教や大衆の前に立ち、父からもらった自分が着ている衣類を全て脱ぎ捨て、裸で去って行ったのでしたが、このシーンは、今も昔も誰の心にも物凄い影響をもたらすことに・・・

当時のアッシジの民衆はフランチェスコのこの行動を見て気が狂ったかと思ったのでした。

フランチェスコは、ハンセン病で隔離されていた洞窟に訪れ、滞在し、ハンセン病にかかった人々を抱きしめ、慈しみの愛で助けたいと思ったのです。
また、フランチェスコは、ウンブリア州のあちこちの教会に行き、教会の壊れた個所を無償で修復する作業をし、少しずつ、フランチェスコの名前が人々に知られるようになりました。いつの間にか、フランチェスコが説教する場所には、アッシジの民衆も含め大勢の人々が集まるようになったのです。
そして、彼の裕福な友達も、そして多くの若者も、どんどん集まるようになり、皆でフランチェスコの着ているSaio(イアリアのお坊さんフラーテが着ている衣類)をまとい、フランチェスコ会が出来たのでした。
以前、フランチェスコが好意を抱いていた裕福な女友達のキアラもフランチェスコの影響を受けて、家を出る決心をしたのです。男性だけで構成されるフランチェスコ会に入ることが出来なかったので、キアラは、女性だけで構成されるクラリッセ会を結成したのでした。

フランチェスコはハンセン病に伝染しながらも、修道院やEremoと呼ばれる隠れ家で長くキリストへ祈り続けて時を過ごしたのでした。最期は、キリストが十字架に張り付けられた際に出来た両手両足の打ち付けられた釘跡と切り付けられた脇腹の傷など、フランチェスコの体には5つのキリストの印しを示す傷痕が天(神)から授けられたのでした。
傷痕の痛みに耐えながら、痛みを克服するように強く祈り続けて43歳の若さでこの世を去ったフランチェスコ!
戦国時代であった当時のイタリアの人々も、現在に生きる私たちも、そして、未来に生きる人々も、誰もがこのようなフランチェスコの生き方を知れば、全ての人々は心を打たれることでしょう。そして、フランチェスコが目覚めたように誰もが目覚めたいと願う心は永遠に続いていくのでしょう・・・


今回、アッシジで撮った写真です。

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サンダミアーノ教会!この教会の中にサン・フランチェスコが建てた小さな教会が入っています。

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写真右の赤い悪魔の誘惑に負けまいと、フランチェスコは裸でバラの棘に体を擦りつけて耐えていました。
その後、棘の無いバラが咲くようになり、その棘の無いバラをバジリカ・ディ・サンフランチェスコで見ることが出来ます。

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駐車場からエレベーターで昇ったところからの写真!ここから更にエスカレーターで街に登れるようになっています。

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フラーテがカプチーノ姿で歩いている後姿を撮りました。

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ブラザーサンシスタームーンの映画で最初の映像がこの門に立っているフランチェスコのシーンでした!

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アッシジの街には、美味しそうなケーキを飾ってあるお菓子屋さんが沢山ありました。

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アッシジを歩きながらのジェラート!美味しかったです。

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アッシジの素敵な街並み!

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石造りの家並みが絵になりますね!

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アッシジとサン・フランチェスコ!かがでしたか?
次回は、トラジメーノ湖に近いコルトーナとチェッレをご紹介します。


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トラジメーノ湖 

Buongiorno!

さて、9月は私たち家族のバカンスシーズン! 今年は、アッシジ見学を企画し、まずはアッシジに近い、イタリアで4番目に大きい湖のトラジメーノ湖に宿をとり、トラジメーノ湖でのんびりしながら、アッシジを見学することにしました。
trasimeno1

宿泊場所はTuoro sul Trasimenoで、トラジメーノ湖の北側にあります。
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今回は日程に余裕が無かったので次回の挑戦となりますが、湖を1周できる自転車コースもあるので下調べをしました。
trasimeno3

地図の緑色のラインが自転車で周れるコースになっていますが、1周はおよそ50kmもあるそうなので、家族で楽しむには半周くらいがちょうどよいのかもです。

 

なので、次回挑戦したいコースは、Castiglione del lagoからTorricellaまでの24kmコースです。
trasimeno4

 

また、これも次回に持ち越しの企画ですが、湖内にある島を巡る周遊フェリーで島めぐりも楽しみの一つです。

一番大きな島のイゾラ・マッジョーレを歩いて散策するのもどこかの無人島に行ったかのような冒険心が溢れてきそうです。

 

今回は、美しいトラジメーノ湖を眺めながら、のんびり湖畔でくつろいで過ごす・・・。まるで時間が止まったかのような絵になる湖の景色を眺めるのもいいものです。
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では、次のブログでアッシジの写真をアップしますのでお楽しみに!

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動画のレッスンは、文法、会話、リスニングの一部分をご紹介しています。

親切、丁寧に、入門、初級、中級、上級、最上級クラスの方に、日本語でお教えしておりますが、ご希望者には、英語でも、お教えいたします。
講師は、長年、イタリア語を日本の生徒さんにお教えしてきたので、どのようにお教えすれば、最短最速でイタリア語を話せるようになるのかを熟知しております。


生徒さんが、ご自分で、ご自由にレッスン時間を決めることが出来、生徒さんのペースに合わせて、効率よくイタリア語をレッスンすることが出来ます。
また、動画にもありましたが、リスニングのレッスンでは、検定試験さながらの環境を意識して会話を聞くことが出来ますので、聴き取り力を強化されたい生徒さんにはお薦めしております。

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