美しきトスカーナから!イタリア語も!美味しさも!楽しさも!

イタリア・トスカーナから美しきトスカーナ情報やイタリア語会話レッスン、イタリア料理レシピ等、イタリアに関する様々な報情をお届けします。

08 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 10

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告  :  trackback --  :  comment --   

イタリアでのんびりと安く満足旅行を楽しもう! 

イタリアと言う国は、北から南までバカンスが楽しめる最高の国!
景色が美しく、文化財が豊富で、食べ物も美味しい!
イタリアの魅力を味わおうと、世界各国から大勢の観光客が訪れるのも頷けます。
それで、お安く旅行できれば、どなたもがご満足されるのではないでしょうか?

さて、イタリア人は、皆、安い旅行の仕方をわかっています。
自分のバカンスに、ホテルを利用するのは少数派の方だけです。ホテルは、1、2泊の短い旅行だけに利用されるのが多いです。家族で、1週間以上の長いバカンスをするには、やはり、最もお安いのは、自炊できるアパートを借りることです。

イタリアでバカンスと言う言葉が出てきた頃の30年前の前後から、観光地にアパートを建設する動きが始まったのです。
イタリアでは、お金を銀行に預けるよりも、観光地のアパートに投資をすることが効率のよい財テクと言われてきました。
その結果、イタリア中のどんな観光地にも貸家・アパートが沢山造られたのです。
そして、今、アパート選びは、よりどりみどり。
最近は不景気となったことで、お客さんを取り合う競争のような感じで、かつて無かったサービスや低料金が出てきました。
以前は、アパート代と水道、ガス、電気代等の光熱費(メーターを読んで使用した分だけ)をお支払いするのが一般的でしたが、今では、水・光熱費等はアパート代に含まれて、それで以前よりお安くなってきています。
それに、以前は、洗濯機の付いていないアパートが普通でしたから、山登りをして泥だらけになった衣類を洗うのに、手洗いで洗っていたのでとても大変だったことを覚えています。今は、ほとんどのアパートに洗濯機が付いているので本当に便利になりました。

さらに、最近では、アパートでインターネットが使えるようにと、モデム(ルーター)が設置されて、24時間無料でインターネットが楽しめるようにもなりました。

安いアパート選びのコツは、ハイシーズンの7月、8月やクリスマス(Natale)、お正月(Capodanno)や復活祭(Pasqua)の時期を避けることです。そして、超有名な観光地(例、山はドロミティ、海はヴェルシッリャ等)を避けることです。避けると言っても、今回の私たちの例ですが、ドロミティと呼ばれるエリアの隣の村に泊まることで、そこからドロミティに行こうと思えば車で日帰り登山も出来るのです。

さて、今回、私たちがバカンスに行ったPEJO(ペイヨと発音)村で借りたアパートを紹介します。
勿論、自分の行きたい観光地のアパート探しは、インターネットで個人の提供している部屋を借りることもできます。でも、これは、ピンからキリまで、個人の考えでいろいろなメリット・デメリットがあるのも事実です。紹介された内容の通りのケースはほとんどでしょうが、例えば、部屋の写真と違っていたり、部屋代以外に後になって何か料金が発生したり、実際に行ってみたら部屋が汚かったり等なども無いとは言えません。
不動産のオフィス(Agenzia Immobiliare)で紹介されたアパートであれば、100%確実に紹介された通りのお部屋を借りることが出来るのです。不動産を経営されている方は、お客さんに、また戻って来てもらいたいと思うことで、お客さんから信頼されるようにとお客さんを大事にするのです。

部屋の選び方は、人数で選んでいきます。2人の場合は、2、3人用のアパートを借ります。部屋の構成はリビング・ダイニングキッチン、寝室1つ、バスルーム1つ、物置、ベランダ一つ、ガレージ(車庫)付きです。大抵、リビング・ダイニングキッチンにはソファーベット(Wベット用)が置かれているのです。そこで、より究極の安さを求めるのであれば、狭いけれども、このような2、3人用の部屋を4人で借りるのが最も経済的な部屋選びとなるのです。イタリアの場合は日本と違って、お一人いくらの料金ではなく、1部屋いくらの料金となっているからです。

私たちも子供が小さかった頃は、4人で2、3人用の部屋を借りていましたが、最近は4人から6人まで泊まれる大きなお部屋も安く借りれるようになりました。4人から6人まで泊まれる大きめのお部屋の構成は、大きなリビング・ダイニングキッチン(Wベットになるソファーベット付き)、寝室2つ(1部屋にWベット一つ、もう一部屋にシングルベット2つか2段ベット一つ)、バスルーム1つ、物置、ベランダ一つ、ガレージ(車庫)付きとなります。

部屋に揃っているものは、キッチンエリアは、自炊できるキッチン設備、冷蔵庫、食器や鍋、フライパン、コップ、包丁、エスプレッソマシン、チーズおろし器などの必要な物全てが入っている食器棚、ガスオーブン等。 ダイニングのエリアには衛星放送が見れるテレビがあります。 寝室には、ベット、タンス、ランプ、毛布、枕、掛布団。 シャワールームには、洗濯機が置かれています。
物置には、ほうきと塵取り、バケツ、雑巾などが入っていますので、最後に自分でお掃除をして元の状態に戻せば、お掃除代として追加となる25ユーロが節約できます。私はいつも帰る前2時間くらいかけて掃除します。もちろん窓ガラスまでは掃除しませんが・・・。なぜ、掃除するかと言うと、節約と言うよりも、こんなにお安くしていただいたことに対しての感謝の気持ちとしてお掃除をするのです。
結局、自分が持っていくものは、シーツ、枕カバー、タオル、テーブルクロス、トイレットペーパー(忘れても近くのスーパーから買えます。)

右手前の黄色いアパートの2階のお部屋を借りました。
pejo_appartamento1

写真左下の地下が車を置くガレージ。
pejo_appartamento2

リビング・ダイニングキッチンのキッチンエリア
pejo_appartamento3

pejo_appartamento4

リビング・ダイニングキッチンに置いてあるダブルベットにもなるソファーベット。
pejo_appartamento5

寝室
pejo_appartamento6

2段ベットの置いてある寝室
pejo_appartamento7

シャワールーム
pejo_appartamento8

pejo_appartamento9

アパートのベランダから見た景色
pejo_appartamento10

アパートを借りる期間は、普通、ミニマムで土曜日から次の土曜日までの7泊8日です。

さて、私たちが借りたお部屋の7泊8日の料金は、9月1日から9月8日までの4人から6人まで泊まれる大きめのお部屋を4人で借りて、290ユーロ(約29000円)でした。
衛星放送も見れてインターネットも出来て、4人で泊まって1日あたり41ユーロの料金はとても安かったです。
トスカーナからトレンティーノまでの高速代往復とガソリン代往復を入れても500ユーロ(約5万円)で満足の1週間のバカンスを楽しむことが出来ました。

貴方もこのようなアパートを借りての旅行スタイルでイタリアを満喫してはいかがでしょうか?



田舎暮らし ブログランキングへ


イタリア語 ブログランキングへ
↑貴方のクリックが次の記事への活力源となっています!

にほんブログ村 旅行ブログ ヨーロッパ旅行へ
にほんブログ村 いい記事と思われた方はポチっと応援お願いしますm(_ _)m

私が教えるスカイプイタリア語のサイト「イタリアーノ塾」! 
現在、上級クラスの3名でのグループレッスン(450円/1レッスン・お一人)にお一人の方が申し込んでいます。このグループレッスンへの参加をご希望される方は、サイトのお試しレッスン予約フォームからお知らせ下さい。
http://italianojuku.web.fc2.com/

海外旅行にとっても便利!私も携帯で通訳する“私の通訳者「マイ・インタープリター」”
http://myinterpreter.web.fc2.com/

私のfacebookサイトは、
http://www.facebook.com/fiorenza.marchesi?sk=info&edit=basic#!/fiorenza.marchesi です。

クリックして応援してください!

FC2ブックマーク
FC2会員の方で、まだブックマークされていない方はどうぞ! 
皆さん、宜しければ、お気に入り(=ブックマーク)に入れてチェックを!

スポンサーサイト

テーマ: イタリア

ジャンル: 海外情報

白い戦争(Guerra Bianca) その2 

(前編のメモ: 僕たちの木で作った砦から少しでも登れば、頂上付近の敵からは丸見えとなり、直ぐに攻撃されるので、一歩も進めず立ち往生を余儀なくされていた。これ以上、敵地に攻め込んでいくルートは全く無い。とにかく、大砲の砲弾が敵の砦に届く地点までは数十メートルも有り、これ以上一歩も近づけない八方塞がりの状態であった。戦略を考えたが、いくら戦略を考えても、時間だけが過ぎていく。早く、何とかしないと・・・、寒さや病気で死んでいく仲間を見ながら、待てば待つほど体力的にも精神的にも追い込まれていく。・・・中尉は黙って、油ランプを見ている。・・・沈黙が続いた・・・)


「トンネル!」。
中尉の言葉を聞いた皆が振り向いた。
「敵の砦の近くまで、氷にトンネルを掘るんだ!」
中尉は話を続けた。
「掘った氷を外に出しても、山の起伏の下から掘り始めれば敵からは気づかれない!」
皆は中尉を見ながら息を呑んで・・(硬い氷なんかを掘れんのかー!)と思ったが、何もしないより、まず、やってみようと。

そして、夜が明けるとすぐに硬い氷を掘ってみたが、既に体力も消耗しているし、ツルハシやスコップを振りかざして何回か力強く叩きつけてみたが氷がほんの少し削れただけだ。(やはり、無理か・・・)皆の顔が諦めの表情になった。

中尉は、その様子を見て、暫く考えてから言った。
「2人1組、30分交代で掘り続けるんだ!」
言われた通りに掘り始めると、人数は大勢いるので疲れることはないし、逆に動くことで体が温まり、筋肉もほぐれ、その結果、30分で何とか数十センチほどだが掘れることがわかった。交代しながらとにかく掘り続けた。夜も掘り続けた。30分で30センチほどしか掘れなくても、皆で交代しながら掘り続けたことで翌日には何と数メートルくらい掘れただろうか。座った状態でツルハシを腕力だけで掘り続けるのだ。皆一様に、何とかなるかもと希望を持つようになった。腰くらいまでの高さの穴は、ゆっくりとだが確実に掘り進んでいった。外が吹雪でも、トンネルの中は暖かいし、力一杯の作業は体の芯まで温まる。

2週間くらい経ったのだろうか。何とか敵の砦に砲弾が届く射程距離まで近づけた。トンネルの奥は大砲が横3列に並ぶくらいに幅広く掘った。そして、トンネルの中から氷とその上に積もった雪に穴をあけ大砲を設置した。

☆☆☆

谷は静けさに包まれていた。中尉と僕と何人かで、オーストリア軍の砦を見に行くことにした。
残った仲間は、中尉と僕たちを後ろから援護射撃が出来るように構えた。
敵の砦に向かって歩き始めた。
敵の罠が待っているかもしれない。生きて帰れる保証が無いと思いながら、氷の壁を登り始めた。一歩一歩登り始めた。かなり長い時間登った。

少しづつ砦に近づいたが、何の音もしないし、砦からは、まだ煙が上がっていた。
更に近づくと、氷の塊や瓦礫がかなり酷く散らばっているのが見えた。
そして砦の中では、砲爆で沢山の兵隊が倒れており、想像していた以上に打撃を与えていた。

僕たちは生きている人がいないかどうか見渡すと、何人かが倒れてうめき声をあげながら、かすかに動いていたので、とっさ的に助けなければと膝をついて怪我の状態を見始めた。
もう既に勝敗がはっきりしたことで、敵も味方もない。

僕たちが勝ったと意識した時に肩の力が抜けたように、負傷した彼らも、力が抜けていたのだ。そして、これ以上戦わなくてすむのなら負けて良かったと感じたのに違いない。倒れて酷い怪我をしながらも、勝ち負けはどうでもいい、早く戦争が終わってほしい一心で、心からイタリアが勝ったことを喜んでいるようだった。

戦争に負けたことを悟り、要塞から後方へ逃げ隠れしていた人も、両手を挙げながら降参の意思を示しながら戻って来る敵兵もいた。

今、戦争が終わって、敵も味方もない。中尉は、怪我をしている人々へ応急手当をすることを伝えると、直ぐにお互いがこの厳しい環境の中で戦い続けたことを哀れみ、そして中尉も、かつての敵たちも、皆と抱き合って讃えあった。
死と隣り合わせだった激戦地「氷山モンテ・ヴィオツ」に平和が戻った瞬間だった。
僕は涙でよく見えないながらも中尉の目にも涙が潤っているのを見た。

最後は、かつての敵同士が肩を組んで笑顔で写真撮影までした。

<完>

いかがでしたか?
3000mから下山した後、ペイヨ村に入り、ペイヨ村の人々は、皆、畑仕事を終えて帰る支度をしていた。夜7時頃。突然、建物から光が見えたので、よく見たら、戦争博物館でした。
車を置いた駐車場まで3キロくらい離れており、ちょっと遅い時間なので、見学するかどうか迷ったのですが、結局、見て良かったです。

第1次世界大戦(1915年~1918年)の戦場となったこの山で見つかった武器や兵隊の衣類等などが展示されていた。

guerra bianca9

トンネルを掘らせ、オーストリア軍の砦を粉砕させた中尉。
guerra bianca10

オーストリア軍の大佐。大佐は、中尉が敵にもかかわらず、負傷した兵士たちを介護するように命じたことを知り、中尉がオーストリア帝国から送られた兵隊による2度目の攻撃で重傷を負った際に、大佐は中尉を助けようとして、共に凄まじい攻撃を受け戦死した。
guerra bianca11

guerra bianca12

guerra bianca13

guerra bianca14

guerra bianca15

guerra bianca16

手術用具、備品。弾丸を摘出する道具も・・
guerra bianca17

guerra bianca18


この戦争が「白い戦争」と呼ばれるようになった訳は、世界に例のない標高3000mを超える高山が戦場となったことで、しかも、昔は、今と違って、豪雪だったので、夏も深い雪に包まれて、常に白い雪の上が戦場の舞台となったからです。

博物館の中では、ビデオも上映されており、断片的なドキュメンタリとして紹介されていました。
私は、展示品やドキュメンタリの部分を繋ぎ合せて、物語を作ってみました。中尉も実在しているし、氷のトンネルを掘らせたのも実話です。

最後に、物語では言わなかったことについて言いますが、
中尉はトンネルを掘らせて敵の砦を粉砕し、見事に勝利宣言をしましたが、実際には、オーストリア軍がモンテ・ヴィオツでの敗戦を、自国のオーストリア帝国に報告したところ、敗戦を認めず、オーストリア帝国からより多くの兵隊を出動させ、直ぐに、モンテ・ヴィオツに攻め込んだのでした。そして、中尉とその仲間の兵隊たちは凄まじい攻撃を浴びせられ、一人残らず戦死して、体も見つからず、今も、モンテ・ヴィオツの山脈のどこか氷山の中に眠っているとのことでした。

博物館を出た私たちは、トレッキングを楽しんだ山を眺めた。眺めてる瞬間、こんなことを考えた。
(今、私たちは、お国の為に命を犠牲にできるのか?・・・)
100年が過ぎようとしているが、昔の人々の理性、義理、人情、忠誠心、愛国心など、いづれも、現代の人々とは違った心の一面について、どこでどのように変わったのだろうかと疑問を持った。



田舎暮らし ブログランキングへ


イタリア語 ブログランキングへ
↑貴方のクリックが次の記事への活力源となっています!

にほんブログ村 旅行ブログ ヨーロッパ旅行へ
にほんブログ村 いい記事と思われた方はポチっと応援お願いしますm(_ _)m

私が教えるスカイプイタリア語のサイト「イタリアーノ塾」! 
http://italianojuku.web.fc2.com/

マレンマ・トスカーナの私の自宅でのホームステイはいかが?
http://italianojuku.web.fc2.com/sub7.html

海外旅行にとっても便利!私も携帯で通訳する“私の通訳者「マイ・インタープリター」”
http://myinterpreter.web.fc2.com/

私のfacebookサイトは、
http://www.facebook.com/fiorenza.marchesi?sk=info&edit=basic#!/fiorenza.marchesi です。

">クリックして応援してください!

FC2ブックマーク
FC2会員の方で、まだブックマークされていない方はどうぞ! 
皆さん、宜しければ、お気に入り(=ブックマーク)に入れてチェックを!

テーマ: イタリア

ジャンル: 海外情報

白い戦争(Guerra Bianca) その1 

ロープウェイで登るPejo3000の到着地点から外に出ると、目の前に氷山のモンテ・ヴィオツ(Monte Vioz)が静かにそびえている。
石に腰かけてモンテ・ヴィオツを眺めた。
空気が澄んでいて、モンテ・ヴィオツは、所々に霧が流れながらも、濃紺の空の青さに包まれていた。
周りは平和そのものだ。
突然、風が吹いた。
物凄い音が風に運ばれてきた。まるで、大砲の音みたいな・・・


Fuoco!!(打てー!!) 中尉の声が深い谷の中で響き渡った。
その後、アンドレアは、大砲に準備された砲弾に火をつけると、砲弾が「ヒューッ」と勢いよく飛んで、数秒後、モンテ・ヴィオツの頂上のやや右下の崖っぷち付近にあるオーストリア軍の要塞が物凄い爆音とともに炸裂した。

更に、数秒後、僕たちは、雪の上でうつ伏せ状態で鉄砲を構えながら次々と打ち始めた。アドレナリンが猛スピードで背中を駆け巡った。
寒さなんかは全く感じない。
どのくらい打ち続けたか記憶にない。

攻撃を受けた敵のオーストリア軍の要塞からは煙と雪が飛び散っていて何も見えない。
中尉が手を挙げて合図をすると、鉄砲隊は打つのを止めた。
深い谷に静けさが走った。
寒さか怖さか分からない。ただ、ただ、震えが止まらない。
そして、敵が攻撃してくるのを待っている。

何分経過したのだろうか。
緊張が高まり続ける。
やっと、中尉が手を下げた。
「Colpito!(やっつけたー!)」
「Abbiamo vinto!(勝ったー!)」
「Abbiamo vinto la guerra! (戦争に勝ったー!)」
皆が叫びながら喜んだ。
暫く喜びを味わったが、その後皆黙った。
肩の力が一瞬抜けて、今までの疲れを一度に感じた。
本当にこの戦争が終わったのか!?
僕は仲間たちの顔を一人一人見た。
皆、若いのに無精ヒゲのやつれた顔をしていた。
こんな山奥で死ぬかもしれない状況の中、ヒゲなんか剃ることは考えられない。生きるのが精いっぱいだった。
この山に来て、6か月くらい過ぎたのだろうか。日にちの間隔が無くなっていた。
よく、ここまで登って来たものだ。不思議でしょうがない。僕たちの仲間はひとりも山登りをしたことのない者ばかりだからだ。
guerra bianca1

guerra bianca2

guerra bianca3

この戦争で山を登っている途中に、雪崩に遭ったり、クレパスに落ちたり、落雷でも、大勢の人が死んでいくのを見た。 いつ、俺の番なのか、深い雪を一歩一歩登りながら、いつ俺の番が来るのかを考えた。
guerra bianca4

guerra bianca5

オーストリア軍との戦争の前に、俺たちは、この高い山で、吹雪や寒さとの戦いを強いられたのだ。

オーストリア軍は、僕たちより、一段と山の生活に慣れている。
guerra bianca6

guerra bianca7

guerra bianca8

オーストリア軍のモンテ・ヴィオツの要塞は、陣の一番重要な砦であり、そこを落とせば、イタリアの勝利が見えてくる。
しかし、その要塞は、山のほぼ頂上にあり、要塞からは下の全てが見渡せるので、普通の戦略では近づくことが出来なかったのだ。

やつれ顔の中尉を見る。数か月余り、この中尉と行動を共にしてきた。兄弟以上に愛を感じていた。
中尉はイタリアの為にいつでも死ぬ覚悟が出来ていた。その愛国心がみんなの心に伝わっていた。
他の仲間たちも、僕と同じ気もちに違いない。

戦争に勝てたとしたら、それはこの中尉のおかげだ。

僕たちが造った木の砦の中で、寒さのあまり、皆で体を寄せ合いながら、戦略を考えた。
しかし、いくら戦略を考えても、敵からは僕たちが丸見えなので、攻め込んでいくルートは全く無いし、白い雪の上では僕たちの動きがはっきり見えるし、例え、白い服を着たとしても武器が目立つのでどうしようもない。

とにかく、大砲の砲弾が敵の砦に届く地点までは数十メートルも有り、これ以上一歩も近づけない八方塞がりの状態である。

時間だけが過ぎていく。早く、何とかしないと、寒さや病気で死んでいく仲間が増えるだけだし、そして待てば待つほど体力的にも精神的にも追い込まれていく。

中尉は黙って、油ランプを見ている。

僕は母に手紙を書いている。

この戦争で、僕にとって一番難しいのは、母へ知らせる手紙・・・
何を書けばいい・・・。
母も知っている。もしかしたらこれが最後の手紙となることを。

僕は母から慰められたいけど、逆に母を慰めなきゃと思って・・・

出発の日、あんなに泣いた母を見たことが無かった。

貧乏で生まれた僕は、子供の頃にも構ってもらったことがなかった。生きる為、親はいつも働き続けていたのだ。

愛されていないと思ったこともあった。

しかし、戦争への招待状が届いたとき、母は、招待状を手にして、うずくまり、体を小刻みに震わせながら、涙が出続け、ひたすら泣いていた。長い時間泣いていた。
そんな母を見て、僕は初めて分かった・・・母の愛情を。

(白い戦争その2に続く)


田舎暮らし ブログランキングへ


イタリア語 ブログランキングへ
↑貴方のクリックが次の記事への活力源となっています!

にほんブログ村 旅行ブログ ヨーロッパ旅行へ
にほんブログ村 いい記事と思われた方はポチっと応援お願いしますm(_ _)m

私が教えるスカイプイタリア語のサイト「イタリアーノ塾」! 
現在、上級クラスの3名でのグループレッスン(450円/1レッスン・お一人)にお一人の方が申し込んでいます。このグループレッスンへの参加をご希望される方は、サイトのお試しレッスン予約フォームからお知らせ下さい。
http://italianojuku.web.fc2.com/

海外旅行にとっても便利!私も携帯で通訳する“私の通訳者「マイ・インタープリター」”
http://myinterpreter.web.fc2.com/

私のfacebookサイトは、
http://www.facebook.com/fiorenza.marchesi?sk=info&edit=basic#!/fiorenza.marchesi です。

クリックして応援してください!

FC2ブックマーク
FC2会員の方で、まだブックマークされていない方はどうぞ! 
皆さん、宜しければ、お気に入り(=ブックマーク)に入れてチェックを!


テーマ: イタリア

ジャンル: 海外情報

3000mからの下山 

山登りは一見大変そうに見える。今回、ロープウェイでPejo(ペイヨ)からモンテ・ヴィオツ(Monte Vioz)の8合目の3000mまで登り、歩いて降りるだけだから、ちょっと楽な登山かなぁと思ったりもしたが、こんなに高い山は子供たちにとって初めてなので、不安な気持ちもチラリ。
いざ、下山。下り道を眺めてみたら「うわぁ!」石がゴロゴロ、かなり急な下り道で道幅は肩幅くらいしかない。しかも、道の上にも沢山の石があちこちに転がっていたので、歩き難そうだ。

Pejo3000のロープウェイで登った標高3000mから眺めたモンテ・ヴィオツの景色
pejo3000からの下山_1

モンテ・ヴィオツの頂上。 頂上の右下に小さくリフジョが見える。
pejo3000からの下山_2

写真の中、右側に下山道が見えるが、雪解け水が流れる川が並行して走ってる。
pejo3000からの下山_3
石、岩があたり一面に!
pejo3000からの下山_4

一瞬、考えて「ロープウェイで戻ろうか?」とみんなに言ったら、子供たちが「歩いていけるよ。大丈夫と思う。」と言うので、ゆっくりとブレーキを掛けるようにしながら緊張して下り始めた。上級者向けのスキーコースだけあって、かなり急な斜面が続いた。

暫く下ると、氷山からの雪解け水が勢いよく流れていた。
pejo3000からの下山_5
この川をどのようにして渡ったら良いか考えていたら、後ろからドイツ人4人のグループが下りてきて、先頭を歩いているガイドさんが一番渡りやすい場所を知っていたようで、私たちが困っていることを察したのか、目で合図をし、親切に私たち一人ひとりの手を取って川を渡らせてくれた。渡れないでいただけに有難かった。お礼を言うと、彼らは今からモンテ・ヴィオツのリフジョ(山小屋)に向かうと言って分岐点から登り始めた。
彼らの出発を見て、山に聳え立ってるリフジョを見て、私たちもモンテ・ヴィオツ(標高3645m)のリフジョまで行ってみたくなった。道標に「4h」と記されていたので、往復8時間かかるし、噂では、かなり急な斜面で結構難しいコースと聞いていたので、今回ではなく、次回、覚悟を決めて登るつもりだ。

モンテ・ヴィオツのリフジョ
pejo3000からの下山_9

モンテ・ヴィオツの山頂近くのリフジョからは、スイスアルプスが見えるし、ドロミティも見えるし、オーストリアも見えるそうなので、考えただけでもワクワクする。

20分くらい下りただろうか、また、コースを勢いよく流れている川が道を横切っている。今度は後ろを見たが誰もいないので、自分たちで一番渡りやすい場所を探さなければ・・・。
pejo3000からの下山_6

「手を引っ張るから、ジャンプして!」
pejo3000からの下山_7

(何とか川を渡れるかな・・・ 滑って転べば濁流に飲み込まれる・・・)
pejo3000からの下山_8
かつて、このような川に息子の富男が滑って落ちた経験があるので、特に気を使った。今回は渡る時、凄く緊張して渡ったせいか何とか無事渡れた。

標高2300mのドス・デイ・チェンブリ(Doss Dei Cembri)のリフジョまで下りると、そこから下は楽しんで下れるコースなのでワイワイお喋りをしながら、リスのような動物のフレットにも出会い、ハイキング気分で下山しました。

ドス・デイ・チェンブリのリフジョ。道標にはモンテ・ヴィオツのリフジョまで4時間と記されている。
pejo3000からの下山_10

途中、綺麗な湖があった。
pejo3000からの下山_11
湖の上に見える3000mクラスの山々も絵のように見えました。
pejo3000からの下山_12

下山した時、山麓にあるPEJO(ペイヨ村)の博物館で「白い戦争」の展示品を見学したので、次回は、「白い戦争」物語を作ってみます。
お楽しみに!!!


田舎暮らし ブログランキングへ


イタリア語 ブログランキングへ
↑貴方のクリックが次の記事への活力源となっています!

にほんブログ村 旅行ブログ ヨーロッパ旅行へ
にほんブログ村 いい記事と思われた方はポチっと応援お願いしますm(_ _)m

私が教えるスカイプイタリア語のサイト「イタリアーノ塾」! 
現在、上級クラスの3名でのグループレッスン(450円/1レッスン・お一人)にお一人の方が申し込んでいます。このグループレッスンへの参加をご希望される方は、サイトのお試しレッスン予約フォームからお知らせ下さい。
http://italianojuku.web.fc2.com/

海外旅行にとっても便利!私も携帯で通訳する“私の通訳者「マイ・インタープリター」”
http://myinterpreter.web.fc2.com/

私のfacebookサイトは、
http://www.facebook.com/fiorenza.marchesi?sk=info&edit=basic#!/fiorenza.marchesi です。

クリックして応援してください!

FC2ブックマーク
FC2会員の方で、まだブックマークされていない方はどうぞ! 
皆さん、宜しければ、お気に入り(=ブックマーク)に入れてチェックを!


テーマ: イタリア

ジャンル: 海外情報

感動のPejo3000 

昔、トレンティーノは貧乏な州でした。険しい山々に囲まれていた村は、他州との交通の便が悪く、長い冬の期間は孤立状態でした。特に産業の発達が遅れていたので、経済的に厳しい状況が続いていたのでした。しかし、第二次大戦後、イタリア全国が経済的に急成長したおかげで、バカンスと言う言葉が生まれ、冬はセッティマーナ・ビアンカ(Settimana Bianca)と呼ばれる1週間のスキーバカンス、夏は、避暑地でトレッキング、登山、ハイキング等を楽しむ習慣が生まれ、その流れを見事にキャッチしたのがトレンティーノ州で、今では有名なドロミティをはじめ、3000メートル級台の山々の素晴らしさをPRして、それぞれの山の魅力を工夫しながら魅力的な観光コースを開拓し、集客力を高めたことで、イタリア全国からはもちろん、世界中からバカンスに大勢の人々が訪れるようになりました。

今回は、ステルヴィオ自然公園の中にあるPejo Fonti(ペイヨ フォンティと読み、Fontiの意味は湧水。)の村に2010年に完成した100人乗りロープウェイ「Pejo3000(ペイヨ トレミッラ)」で登る観光コースを紹介します。

私たち家族のバカンスの最後をPejo3000での登山観光で締めくくり、家族全員の心に残る良い想い出となったのでした。
Pejo3000を最後の日にした理由は、連日、登山を含めて沢山の距離を歩いたので、最後の日くらいは、ロープウェイを利用することで、3000mの高さまで楽に登り、帰りだけ歩いて下山することにしたのです。
さて、カプセル状の乗り物の6人乗りゴンドラで途中まで登り、そこから100人乗りロープウェイのPejo3000に乗りました。
pejo3000_1

Pejo3000の乗り場
pejo3000_2

出発した直後
pejo3000_3

途中、霧の中に入って何も見えず、ガタン、ゴトンッと傾くと怖い
pejo3000_4

霧を抜けると真っ青な空が見えてとてもきれいでした。
pejo3000_5


pejo3000_6

このPejo3000のロープを支えるタワー状の支柱は、断崖絶壁のような急な斜面にも立てられており、谷間の上を通過する時には、物凄く高く感じるし、支柱を通過した直後には「ガタン、ゴトンッ」と前方に急に傾いたので、「落ちる~っ!」と言わんばかりに皆の顔の表情が緊張し強張っていた。特に今日は、部分的な深い霧も手伝って、地に足がつかない状態!私の前に立っていた夫婦は、奥さんが怖さのあまり、目を閉じて無事を祈っているようでした。目を閉じた妻を見た旦那が、霧の中、もうすぐ着くときに「Siamo Arrivati(もう着いたよ)」と言うと、奥さんは「Sta zitto(黙っててくれ)」との会話のやりとりが、どんなに怖かったかを物語っていました。私は、乗る前に100人乗りと聞いただけで、重くなるので大丈夫かなぁと不安でしたが、乗ってみるとそれほど怖くはなかったです。むしろ、3000mの頂上付近からの下山の方が怖かったです。この下山コースは、冬にスキーで下山する時には、急斜面なので上級者向けの赤いレッドゾーンのコースとなっているのです。見ると、氷山のすぐ下にある石だらけの肩幅くらいしかない道は、フェンスも無く一歩間違うと崖下に数百メートルも落ちてしまうのです。

豪雪地帯(米沢市)に生まれた旦那は、冬のスキーシーズンに楽しく滑れるからまた皆で来ようと言ったのですが、私はこんな崖はスキーでは降りれないと感じた。

ロープウェイから外に出ると、空気が透明感に溢れ、霧の合間の高い山々の頂きがとても神秘的で感動しました。
氷山Monte Viozの頂上付近。白く見えるのは氷ですが、土や石の下も全てが凍っているそうです。
pejo3000_7

凍っている頂上付近
pejo3000_8

3000mの高さから見た山の頂きが、霧に包まれてとても神秘的!
pejo3000_9

山の頂上が見えて、感動でした!
pejo3000_10

別の山頂もゴツゴツしてて、山の強さ、逞しさを感じます。
pejo3000_11

氷山の白さと濃紺の空のコントラストが何とも言えないくらい、とってもいい眺め・・・・
pejo3000_12

もっともっと長い時間眺めたかったのですが、下山に時間がかかると言うことで30分ほど眺めた後に下山し始めました。
次回は下山の様子やGuerra Bianca(白い戦争)について書きます。


田舎暮らし ブログランキングへ


イタリア語 ブログランキングへ
↑貴方のクリックが次の記事への活力源となっています!

にほんブログ村 旅行ブログ ヨーロッパ旅行へ
にほんブログ村 いい記事と思われた方はポチっと応援お願いしますm(_ _)m

私が教えるスカイプイタリア語のサイト「イタリアーノ塾」! 
現在、上級クラスの3名でのグループレッスン(450円/1レッスン・お一人)にお一人の方が申し込んでいます。このグループレッスンへの参加をご希望される方は、サイトのお試しレッスン予約フォームからお知らせ下さい。
http://italianojuku.web.fc2.com/

海外旅行にとっても便利!私も携帯で通訳する“私の通訳者「マイ・インタープリター」”
http://myinterpreter.web.fc2.com/

私のfacebookサイトは、
http://www.facebook.com/fiorenza.marchesi?sk=info&edit=basic#!/fiorenza.marchesi です。

クリックして応援してください!

FC2ブックマーク
FC2会員の方で、まだブックマークされていない方はどうぞ! 
皆さん、宜しければ、お気に入り(=ブックマーク)に入れてチェックを!

テーマ: イタリア

ジャンル: 海外情報

リヴィーニョ(Livigno) 

リヴィーニョ(Livigno)は、人口6千数百人のイタリア共和国ロンバルディア州ソンドリオ県のコムーネの一つで、スイスとイタリアとの境界のイタリア側にある無税の街として知られている。
歴史を紐解くと、無税の街になった理由も興味深い。まず、標高1885mのリヴィーニョはイタリアで最も平均気温が低く、雪の多い地域で、3000m級の絶壁を持つ山々に囲まれており、雪崩地帯の続く峠の道は、秋から雪が解ける5月頃までの6か月間は、完全に閉鎖されていたため、孤立状態が続いていた。このような理由で15世紀にリヴィーニョを支配していた富豪や貴族の多い温泉地ボルミオ(Bormio)がリヴィーニョに無税の特権を与えたことから、1953年にボルミオとリヴィーニョを結ぶフォスカーニョ峠(Passo Foscagno)が完成した後も、イタリア政府も無税の特権を継承させることで現在も無税の街として認められているのである。
フォスカーニョ峠を通ることでリヴィーニョへは年中行けるようになった。
その他のリヴィーニョへの行き方は、どちらも夏だけになるが、今回私たちがリヴィーニョに来る時に通ったハラハラドキドキのガヴィア峠、そして帰りに通ったフォルコラ峠(Passo Forcola)-ティラノ(Tirano)-アプリカ(Aprica)-エドロ(Edolo)を経由する道がある。
リヴィーニョでは、無税でのショッピング、冬はスキー、夏は避暑地、トレッキング、ハイキング、カヌー等などが出来るので、ホテルや貸アパートも沢山揃っている。街全体が最近流行のアウトレットのお店が多いのが印象的ですが、アパレル関係のブランドを求めるのであれば、やはり、イタリア各地の郊外にある大型アウトレットのお店の方が安いし品数が揃っていると感じました。なので、リヴィーニョでお買い得なのは、タバコやアルコール、そしてガソリンなどです。ここは避暑地として、又はウインタースポーツを楽しむ目的で来るといいでしょう。
また、リヴィーニョから10キロも行けばスイスに入れるのでとても魅力的なスポットです。

今回、リヴィーニョに行くときに通ったガヴィア峠(パッソ・ガヴィア)
livigno1

1954年にガヴィア峠の険しい細道から転落して犠牲となった人たちの名前が刻まれている。
この事故をきっかけにこの道が閉鎖され、この道の横にトンネルができた。でも、数キロに渡る崖っぷちの危険な細道はトンネルの前後にも長~く続いている。
livigno2

ここが転落した場所。昔はガードレールもなかった。今でも、このガヴィア峠の危険さを知らない人がいて、ドイツから大型トラックでナビを頼りに運転して、途中の細道で崖っぷちから落ちそうになり、前にも後ろにも行けなくなり、レスキュー隊にSOSを発信することも時々あるらしい。
livigno3

リヴィーニョからの帰りは、ガヴィア峠を避けてフォルコラ峠から戻りました。
livigno4

途中、スイス側の綺麗な山の景色も見えます。
livigno5

3000m級の山に囲まれたリヴィーニョ
livigno6

リヴィーニョの街の風景
livigno7

街のメインストリート
livigno8

建物には綺麗な花のジェラーニオが飾られていて、やはりイタリアですね。
livigno9

リヴィーニョの街にある古い木造のレストラン
livigno10

街のメインストリートに面しているスキー場
livigno11

街の多くは新しい建物ですが、古い家も残っていて、そのコントラストが印象的!
livigno12

ブランドのお店が結構ありました。
livigno13

家の壁に描かれた絵も素敵です。
livigno14

リヴィーニョの住宅地域
livigno15

ガソリンが無税なのでとってもお得! イタリアのガソリン価格はヨーロッパでもっとも高く、普通、ベンジーナ(senza piombo)は約2ユーロするのですが、ここでは、なんと1.21ユーロと安~い!!!
なので、ガソリンを満タンにして、携帯のガソリンタンクに持ち帰る人も結構多いそうです。しかし、タンクでの携帯は10リットルまでの制限もあるそうです。
livigno16



田舎暮らし ブログランキングへ


イタリア語 ブログランキングへ
↑貴方のクリックが次の記事への活力源となっています!

にほんブログ村 旅行ブログ ヨーロッパ旅行へ
にほんブログ村 いい記事と思われた方はポチっと応援お願いしますm(_ _)m

私が教えるスカイプイタリア語のサイト「イタリアーノ塾」! 
現在、上級クラスの3名でのグループレッスン(450円/1レッスン・お一人)にお一人の方が申し込んでいます。このグループレッスンへの参加をご希望される方は、サイトのお試しレッスン予約フォームからお知らせ下さい。
http://italianojuku.web.fc2.com/

海外旅行にとっても便利!私も携帯で通訳する“私の通訳者「マイ・インタープリター」”
http://myinterpreter.web.fc2.com/

私のfacebookサイトは、
http://www.facebook.com/fiorenza.marchesi?sk=info&edit=basic#!/fiorenza.marchesi です。

クリックして応援してください!

FC2ブックマーク
FC2会員の方で、まだブックマークされていない方はどうぞ! 
皆さん、宜しければ、お気に入り(=ブックマーク)に入れてチェックを!

テーマ: イタリア

ジャンル: 海外情報

トレンティーノ「Val di sole」その2 

サブタイトル:「スキー場のメッカ(Passo Tonale)
ロンヴァルディア州とトレンティーノ州の堺にある峠(Passo)の標高1885mのパッソ・トナーレ(Passo Tonale)は、イタリアのスキーのメッカの場所。
有名な氷山である標高3556mギアッチャイオ・プレゼーナ(Ghiacciaio Presena)、標高3554のモンテ・アダメッロ(Monte Adamello)など周囲が3000m級以上の氷山に囲まれていることで1年中滑走可能なため、スキーやスノーボードを愛好する人々の初心者から上級者までが楽しめ、イタリア国内や欧州の近隣国からも大勢の人たちで賑わう地として知られている。

ゲレンデは、合計100kmにも及ぶ距離と長く、ゴンドラやリフト等の数は30か所もある。
ゲレンデに面した街には数多くのホテルや貸アパートが密集しているので、スキー客には大変便利そうで、私も今度3月頃のお天気が続きやすい季節にスキーに来たいと思いました。昨日、ここを散策したので写真をアップします。

パッソ・トナーレの峠
Passo Tonale1

山道を散策したら熟したランポーネ(Lampone)が沢山ありました。美味しいですよ。
Passo Tonale2

Passo Tonale3

Passo Tonale4

ゴンドラに乗って上に行くと、吊り橋渡りが楽しめるようで多くの観光客が利用していました。
Passo Tonale5

Passo Tonale6

Passo Tonale7

Passo Tonale8

Passo Tonale9

Passo Tonale10



田舎暮らし ブログランキングへ


イタリア語 ブログランキングへ
↑貴方のクリックが次の記事への活力源となっています!

にほんブログ村 旅行ブログ ヨーロッパ旅行へ
にほんブログ村 いい記事と思われた方はポチっと応援お願いしますm(_ _)m

私が教えるスカイプイタリア語のサイト「イタリアーノ塾」! 
現在、上級クラスの3名でのグループレッスン(450円/1レッスン・お一人)にお一人の方が申し込んでいます。このグループレッスンへの参加をご希望される方は、サイトのお試しレッスン予約フォームからお知らせ下さい。
http://italianojuku.web.fc2.com/

海外旅行にとっても便利!私も携帯で通訳する“私の通訳者「マイ・インタープリター」”
http://myinterpreter.web.fc2.com/

私のfacebookサイトは、
http://www.facebook.com/fiorenza.marchesi?sk=info&edit=basic#!/fiorenza.marchesi です。

クリックして応援してください!

FC2ブックマーク
FC2会員の方で、まだブックマークされていない方はどうぞ! 
皆さん、宜しければ、お気に入り(=ブックマーク)に入れてチェックを!

テーマ: イタリア

ジャンル: 海外情報

トレンティーノ「Val di sole」その1 

サブタイトル:「初雪
今年は丸3か月、暑い日が続いた夏でした。でも、9月に入った今、イタリア全国に待ちに待った雨が降り、2000mを超える山では早い初雪となりました。この悪天(、しかし私たちにとっては悪天ではなく、この雨は素晴らしいお天気で恵みの雨でしたが、)は5日(水)まで続く予報なので、旅行中の方は6日以降、また天気が回復しローマなどでは30度を超える暑い夏が戻って来るそうですのでご安心を。

さて、昨日マレンマを出発し、1週間のバカンスと言うことで、トレンティーノ州の「Val di sole」にやってきました。
私たちの泊まる山の家からは雪山が見えた。
トレンティーノ「Val di sole」1

右手前の2階のアパートを借りました。
トレンティーノ「Val di sole」2

ここは「Celledizzo」! 私の大好きなトレンティーノの山の場所です。
トレンティーノ「Val di sole」3

Celledizzoは標高1200m。
トレンティーノ「Val di sole」4

トレンティーノの山によく似合うジェラーニオの赤い花!
トレンティーノ「Val di sole」5

散策途中に目に入ったのは、看板に書いてあった「ストゥルーデル」!
トレンティーノ「Val di sole」6

早速、お店に入り、長~く大きいストゥルーデルを頂きました。
トレンティーノ「Val di sole」7

リンゴとブドウが沢山入ってホントに美味しいストゥルーデル!トレンティーノの名物ですよ。
トレンティーノ「Val di sole」7a

農家祭りのイベントが・・・、フィエノ(干し草)を積み重ねて上手に作ったのですね!
トレンティーノ「Val di sole」8

隣の村「Cogolo」まで歩いて来ました。
トレンティーノ「Val di sole」9

半袖とサンダル姿でやって来た私たち。着いたら気温が11度でしたので、3か月間トスカーナの暑さの中で火照った体が涼しさで癒されて何て気持ちよかったことか・・・着くとすぐ、同じ服装で夕暮れ時の村を散策しました。歩いてる他の人たちを見たら、ウールのセーターや厚手のジャケットにブーツ姿と冬の格好をしていたので、私たちと彼らはお互いに一瞬見合う場面もありました。信じられないけど保温効果があったかどうか寒く感じなかった。

ここは人気のある有名な「Cevedale」の麓なので、村のホテル名もHotel Cevedale!
トレンティーノ「Val di sole」10


トレンティーノの様子がわかる写真などをこちらからまたアップしてみますので!


田舎暮らし ブログランキングへ


イタリア語 ブログランキングへ
↑貴方のクリックが次の記事への活力源となっています!

にほんブログ村 旅行ブログ ヨーロッパ旅行へ
にほんブログ村 いい記事と思われた方はポチっと応援お願いしますm(_ _)m

私が教えるスカイプイタリア語のサイト「イタリアーノ塾」! 
現在、上級クラスの3名でのグループレッスン(450円/1レッスン・お一人)にお一人の方が申し込んでいます。このグループレッスンへの参加をご希望される方は、サイトのお試しレッスン予約フォームからお知らせ下さい。
http://italianojuku.web.fc2.com/

海外旅行にとっても便利!私も携帯で通訳する“私の通訳者「マイ・インタープリター」”
http://myinterpreter.web.fc2.com/

私のfacebookサイトは、
http://www.facebook.com/fiorenza.marchesi?sk=info&edit=basic#!/fiorenza.marchesi です。

クリックして応援してください!

FC2ブックマーク
FC2会員の方で、まだブックマークされていない方はどうぞ! 
皆さん、宜しければ、お気に入り(=ブックマーク)に入れてチェックを!

テーマ: イタリア

ジャンル: 海外情報

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。